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COLERE JOURNAL(コレレジャーナル)

コレレジャーナル。文化と法律の関わり方について考えるブログです。

「表現・文化」事件年表[昭和20年代編]

年表

表現や文化に対する規制を始めとする各種事件についての年表を記載していきます。本記事は、予告なく随時更新していく予定ですので、ご了承ください。

1945年(昭和20年)

出来事   
8 15 敗戦。この日より1週間、全国の映画・演劇の興行が停止
9 10 マッカーサー、「日本管理方針に関する声明」発表。GHQ「言論及び新聞の自由に関する覚書」(SCAPIN-16: FREEDOM OF PRESS AND SPEECH)発令
9 19 GHQ、「日本に与うる新聞遵則」(SCAPIN-33: PRESS CODE FOR JAPAN)発令。いわゆるプレスコード」*1
9 22 GHQ、「日本に与うる放送遵則」(SCAPIN-43: RADIO CODE FOR JAPAN)発令。いわゆる「ラジオコード」
9 22 GHQ東宝・松竹・大映などの映画製作会社の代表を招集し、占領の基本目標に基づく映画製作の具体的な方針について指示
9 24 覚書「政府から新聞を分離する件」(SCAPIN-51: DISASSOCIATION OF PRESS FROM GOVERNMENT)発令
9 27 覚書「新聞及び言論の自由に関する追加措置」発令
9 29 覚書「新聞映画通信に対する一切の制限法令の撤廃の件」発令
10 1 内務省による映画検閲は停止し、GHQが行うことになる
10 4 覚書「政治的、公民的及び宗教的自由に対する制御除去の件」(SCAPIN-93: REMOVAL OF RESTRICTIONS ON POLITICAL, CIVIL AND RELIGIOUS LIBERTIES)発令
10 16 「映画企業に対するの日本政府の統制の撤廃に関する覚書」(SCAPIN-146: ELIMINATION OF JAPANESE GOVERNMENT CONTROL OF THE MOTION PICTURE INDUSTRY)発令。映画法の撤廃等を指示
11 16 「非民主主義的映画の除去に関する覚書(SCAPIN-287: ELIMINATION OF UNDEMOCRATIC MOTION PICTURES)発令
11 17 映画法の廃止
11 19 GHQ、236本の日本映画の上映、販売および交換の禁止の励行を命令。禁止とされた236本の日本映画は国粋的、軍事主義的な封建的観念を持っているとされた。*2
12 6 戦後初の洋画『ユーコンの叫び』(米)上映

1946年(昭和21年)

出来事 
1 28 GHQ「映画検閲に関する覚書」(SCAPIN-658: MOTION PICTURE CENSORSHIP)発令*3
2 18 「上映を禁止された日本映画に対する措置に関する覚書」(SCAPIN-745: ACTION REGARDING BANNED JAPANESE MOTION PICTURES)発令*4
5 23 映画『はたちの青春』(佐々木康監督)。日本映画初のキスシ-ン(大坂志郎・幾野道子)あり*5
7 23 新聞倫理綱領制定。日本新聞協会設立*6
10 15 雑誌『猟奇』(茜書房)創刊。いわゆるカストリ雑誌第1号*7
11 3 日本国憲法公布
12 5 雑誌『猟奇』(茜書房)第2号発売。6万部発行

1947年(昭和22年)

出来事 
1 9 警視庁、雑誌『猟奇』(茜書房)第2号をわいせつ物頒布罪の疑いで押収。戦後のわいせつ図書摘発第1号*8
2 18 東京区検事局、雑誌『猟奇』出版関係者3名を猥褻文書頒布罪で起訴*9
5 3 日本国憲法施行
6 25 雑誌『猟奇』(茜書房)第5号発売。本号で終刊*10
9 日本珍本協会『俳風末摘花』、木村一郎『昭和好色一代女・お定色ざんげ』、雑誌『オール猟奇』創刊号(いずれも石神書店)が摘発*11
10 26 刑法改正(昭和22年10月26日法律第124号)。皇室に関する罪(大逆罪・不敬罪)の削除など
11 11 出版綱領制定(日本出版協会、日本自由出版協会)
12 12 児童福祉法公布
12 17 警察法公布

1948年(昭和23年)

出来事 
4 28 警視庁、金阜山人『四畳半襖の下張』の出版関係者を刑法175条違反の容疑で逮捕*12
5 19 GHQ、第1回翻訳出版許可本100冊の書名を発表*13
6 5月23日付の日刊スポ-ツ記事「米国の裸体ショ-」が初のプレスコ-ド違反でGHQから処罰。編集長は重労働1年(執行猶予付)、罰金15万円の厳罰に
7 GHQ、大新聞16社・通信社3社の事前検閲廃止
7 10 風俗営業取締法公布 *14
7 12 興行場法公布*15
7 15 少年法公布
9 1 風俗営業取締法施行
10 22 石坂洋次郎『石中先生行状記』(『小説新潮』10月号掲載)、刑法175条違反の容疑で検察官送致(身柄拘束はなし)*16

1949年(昭和24年)

出来事 
2 6 週刊朝日』、「”浪華赤本”裏から表から」特集を掲載*17
3 28 厚生省、覚醒剤乱用による弊害多発のためヒロポン、ゼドリンなど6種を劇薬に指定
4 日本図書館協会図書推薦選定委員会を設置。図書推薦の開始
4 20 手塚治虫『拳銃天使』発行。児童マンガ初のキスシーンあり*18
4 24 週刊朝日』、「こどもの赤本 俗悪マンガを衝く」特集を掲載
6 14 青少年問題対策協議会の設置を閣議決定
6 14 映画倫理規程管理委員会(いわゆる「映倫」)発足。映画の審査開始
7 5 下山事件発生
7 15 三鷹事件発生
8 17 松川事件発生
10 18 GHQ、放送番組に対する検閲を廃止
10 18 青少年ヒロポン中毒者の犯罪が激増したことを受け、警視庁、悪質業者の取り締まりと青少年補導を各署に指示
10 19 GHQ、4年にわたった戦犯軍事裁判終了を発表。日本人約4200人中、死刑が700人ほど
10 20 東京都公安条例公布・施行
10 24 GHQ、大新聞16社・通信社3社に対する事後検閲も廃止
12 20 日本著作権協議会の創立総会開催

1950年(昭和25年)

出来事 
1 ノーマン・メイラー(山西英一:翻訳)『裸者と死者』上巻、摘発を受けるが、GHQの意向で10日後に自由出版
5 2 放送法,電波法施行
5 19 岡山県図書による青少年の保護育成に関する条例」制定*19
6 20 雑誌『人間探求第一集』(社会新報社)「地獄に堕ちた女」高裁判決でも有罪(刑法175条違反)
6 25 朝鮮戦争開始
6 26 ロレンス(伊藤整:翻訳)『チャタレ-夫人の恋人』の翻訳が猥褻物頒布罪で摘発
7 レッドパージ、始まる。
8 26 東京地裁、『四畳半襖の下張』の出版関係者を有罪(刑法175条違反)と判断
9 13 『チャタレ-夫人の恋人』の出版者小山久二郎(小山書店)、翻訳者伊藤整が起訴される(チャタレー事件)

1951年(昭和26年)

出来事 
3 日本コロムビアから日本初のLPレコード発売*20
4 11 マッカーサー、解任
4 写真雑誌『フォトアート』の特集「裸婦を写す」のヌード写真(土門拳撮影)が猥褻を理由に警視庁により摘発
5 5 児童憲章制定
5 10 サンデー娯楽事件最高裁判決。最高裁が、刑法175条のいわゆる「猥褻」とは、「徒らに性慾を興奮又は刺激せしめ、且つ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」をいうと判断。雑誌『サンデー娯楽』の掲載記事のわいせつ性を肯定。刑法175条違反を認めた原審の判断を正当として、上告を棄却。*21
9 18 サンフランシスコ講和条約署名。日本とアメリカ合衆国は旧日米安保条約にも署名
10 12 日本民間放送連盟(民放連)ラジオ放送基準制定*22

1952(昭和27年)

出来事 
1 18 チャタレー事件地裁判決。出版者有罪(罰金25万円)、翻訳者無罪
2 8 イタリア映画『明日では遅すぎる』公開。性典映画流行の先駆け *23
4 28 日本国との平和条約(Treaty of Peace with Japan)発効。これにより、GHQによる占領下の言論統制が終わる。*24
6 8 三木鶏郎らの「冗談音楽」を含むNHKラジオ番組『日曜娯楽版』が打ち切り。*25
8 6 雑誌『アサヒグラフ』、原爆被害写真を初公開*26
7 21 破壊活動防止法公布
8 第1回全国児童文化会議開催*27
10 東京で「日本父母と先生の会全国団体結成大会」開催。PTAの全国組織の団体が結成される。
11 日本レコ-ド協会が「レコ-ド倫理綱領」・「レコ-ド製作基準」を制定

1953(昭和28年)

出来事 
1 9 映画『ひめゆりの塔』(今井正監督)公開*28
2 1 NHK東京テレビ局が本放送を開始。
2 5 映画『十代の性典』(島耕二監督)公開 *29
8 1 東京税関発足
8 8 学校図書館法公布
8 28 初の民放である日本テレビ放送が開局
9 10 日本の大手映画会社5社(松竹、東宝大映、新東宝東映)が五社協定を締結*30

1954(昭和29年)

出来事 
5 総理大臣官邸にて、第2回全国青少年代表者会議開催。「不良出版物、映画、玩具などの問題」が議題に上る。
6 13 NHKラジオ『ユ-モア劇場』打ち切り*31
8 総理府内に、「青少年に有害なる映画出版物等対策専門委員会」が設置される。
10 5 映画『悪の愉しさ』(千葉泰樹監督、石川達三原作)公開。これをきっかけに全国各地で「俗悪映画追放運動」が起こる。*32

*1:GHQ批判や占領政策遂行の妨げとなる報道を禁止。「検閲が行われていることを知らせてはならない」と命令。「忠臣蔵」を始め、時代劇、浪曲・講談、時代ものの流行歌も検閲の対象

*2:GHQによる「非民主主義映画追放」は、日本人から「チャンバラ禁止令」と呼ばれた。CIEが禁止映画として選択したのは当初227本だったが、その後、236本に増加(ただし、最終的に指定されたのは227本であるとする説もある)。

*3:民間情報教育局(CIE)と民間検閲局(CCD)の二重検閲体制となる。英訳した企画書や脚本をCIE映画課に事前提出する「民間検閲」と、映画完成後に民間諜報局傘下のCCDプレス・映画・放送部門から認証番号を得る「軍事検閲」

*4:上映禁止映画のフィルムは、アメリカ軍に没収されるか、日本政府の手で焼却。その数は大映62種、松竹53種、東宝51種、日活48種、日映11種など合計236種。

*5:映画にキスシーンを取り入れるように勧めたのはGHQのCIE映画課員であるといわれている。幾野がセロファンで唇を包んだといういい伝えがある。戦前はキスシーンについては検閲によりカットされていた。

*6:新聞倫理綱領は、報道の客観主義の立場を宣明するものだが、実質的には、GHQプレスコードの内容を組み込んで自主規制を行うものであるとの評価がある。

*7:『猟奇』創刊号は2万部発行し、2時間で完売。定価12円。内容は江戸の性風俗研究や1930年代初期のエロ・グロ雑誌の記事の焼き直しが多かった。

*8:6万部発行されたうち、回収できたのは873部。摘発対象となったのは、北川千代三「性愛告白譚・H大佐夫人」。陸軍砲兵大佐夫人との愛欲におぼれる中学4年生(現在の高校1年生)がその体験を告白するという内容。

*9:略式裁判で茜書房代表者が罰金500円、北川千代三が罰金250円。

*10:GHQのCCDにマークされたため終刊に。同年10月15日に大阪文芸市場社から再生1号が発行されたものの、2号から5号まで全てが摘発され再び廃刊。

*11:『お定色ざんげ』についてはモデルである阿部定本人が名誉毀損でも訴えている

*12:後日、永井荷風本人が警視庁に出頭を求められ、事情聴取を受けている

*13:競争入札により翻訳権を付与。ジョージ・オーウェル動物農場』が含まれ、同書は1949年に『アニマルファーム』(永島啓輔訳、大阪教育図書)として出版。なお、オーウェルの作品については、1950年に『1984』も翻訳出版された。米国は、オーウェルの作品を反共思想を広めるために活用し、30ヶ国語以上の言語に翻訳・配布するための資金援助を行ったといわれる

*14:旧麻薬取締法、大麻取締法公布

*15:公衆浴場法、旅館業法公布

*16:石坂および編集長が検察官の取り調べを受けた。結果は不起訴処分

*17:「赤本」とは、零細出版が出していた漫画本のことで、表紙が粗末な紙で赤色が多く使われていたので、このように呼ばれている。

*18:京都のPTAの幹部から「破廉恥なエロ漫画」、「子供の敵」と激しい抗議を受ける。

*19:日本初の青少年保護育成条例。

*20:日本では日本コロムビアが 1951年初めて塩化ビニル製 LP レコードを国産化。初回発売タイトルは4作品。材料はアメリカ UCC社製の樹脂を使ったものと考えられる。国内初のLPは2012年に国立科学博物館の未来技術遺産に登録されている。

*21:本判決で最高裁が示したわいせつの定義の(1)徒らに性慾を興奮又は刺激せしめ、且つ、(2)普通人の正常な性的羞恥心を害し、(3)善良な性的道義観念に反するもの、という三要素はいわゆる「わいせつ三要素」と呼ばれている。

*22:民放共通の自主的な倫理基準として制定された

*23:思春期の少年少女への性教育をテーマにしている。

*24:昭和27年条約第5号として公布

*25:同年6月15日から『ユーモア劇場』に改編。1947年10月に放送開始。

*26:GHQの占領下においては原爆投下に関する記事等の掲載は許されていなかった。

*27:第七分科会で音楽業界に「俗悪な流行歌」について自粛勧告 これを承けて,ビクタ-、コロンビア、キング、タイヘイ、テイチクの文芸部長が集まり協議した結果、「レコ-ド・コ-ド」作成が決定

*28:GHQ占領下の1951年頃に国民を刺激する恐れがあるとして製作中止となっていたが、1953年になって公開に至った。

*29:映画で性教育をという名目で製作されたといわれる性典映画のひとつ。1925年3月公開の映画『乙女の性典』(大庭秀雄監督)を皮切りとした「性典映画ブーム」が、1928年に頂点を迎えた。

*30:日活による俳優引き抜きへの対抗策として5社が各社専属の監督、俳優の引き抜きを禁止、監督、俳優の貸し出しの特例の廃止を内容とする五社協定を締結した。日活はその後、石原裕次郎などのスター俳優を独自に発掘したため、五社協定の当初の目的は意味をなさなくなった。その後、1958年に日活も同協定に参加。これにより六社協定となる。ところが1961年に新東宝が経営破綻したため、五社協定へと戻ることになった。五社協定は1971年に自然消滅するまで続いた。

*31:佐藤栄作の造船疑獄にからむ内閣不信任案提出について風刺したコントなどが問題となり、NHKの「考査委員会」によるカットが激化。その後、番組自体が打ち切りとなった。

*32:香川県では青少年保護育成条例による映画に対する条例適用第1号とし、18歳未満の観覧を禁止した。その他の県でも有害指定が相次いだ。映画版は、悪の限りを尽くした主人公が最後に自殺するという結末に変更(原作では主人公は自殺未遂騒ぎは起こすものの死なない設定)している。