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COLERE JOURNAL(コレレジャーナル)

弁護士藤森純が運営するブログです。文化と法律の関わり方について考えていきたいです。

「表現・文化」事件年表[昭和30年代編]

表現や文化に対する規制を始めとする各種事件についての年表を記載していきます。本記事は、予告なく随時更新していく予定ですので、ご了承ください。

1955(昭和30年)

出来事 
1 22 鳩山一郎内閣総理大臣衆議院本会議の施政方針演説の中で不良出版物などの氾濫が青少年に悪影響を与えていることは憂慮すべきことであると述べる。*1
3 「マスコミ倫理の向上と言論・表現の自由の確保」を目的として、マスコミ倫理懇談会が東京で創設される。
4 1 出版団体連合会,「悪書」追放の世論に対し、自粛運動を具体化しなければ、立法規制という事態を生じ不良出版物の取り締まりどころか、言論、出版の自由を侵害される危険性があると考え、出版浄化実行委員会(仮称)を設置。出版業界の浄化運動を推進することとした。
4 4 フランス映画『バルテルミーの大虐殺』(ジャン・ドレヴィル監督)におけるジャンヌ・モローの全裸シーンのカットを巡って配給会社と映倫が対立。警察も介入し数シーンをカット*2
5 5 映倫が「青少年映画委員会」を設置。18歳未満の観覧を禁じる「成人向」映画の指定に踏み切る。一方で青少年の生活向上に役立つと思われる映画は「青少年映画委員会推せん」とすることにした。*3
5 9 中央青少年問題協議会(中青協)は,「青少年に有害な出版物,映画等の対策に関する意見について」を発表
5 東京母の会連合会などが、「悪書」を「見ない、読まない、買わせない」の「三ない運動」を提唱し、悪書追放運動を進める。*4
5 レコ-ド協会が、同協会内に、レコード制作基準倫理委員会(レコ倫)を設置
6 19 NHK、報道番組『時の動き』で「売春等処罰法案のかげに」を放送。同放送が「映画女優を売春婦扱いにした」として、日本映画俳優協会、日本映画連合会が問題視し、NHKへの出演拒否の動きへと発展*5
9 13 文部省が米映画『暴力教室』を青少年に見せないようにと各地へ通達
10 中央青少年問題協議会(中青協)が、各都道府県に対し、「青少年に有害な出版物、映画等の排除に関する条例についての参考意見」を送付

1956(昭和31年)

出来事 
1 30 日本雑誌協会設立
2 19 雑誌「週刊新潮」創刊。週刊誌ブームが始まる。
3 石原慎太郎『処刑の部屋』が雑誌「新潮」3月号に掲載。*6
3 18 映画『赤線地帯』(溝口健二監督)が公開。溝口監督の遺作となる。
3 23 「ザ・ファミリー・オブ・マン」展を昭和天皇が観覧。原爆関係の写真にカーテンをかぶせ隠すという措置がとられた。*7
3 27 映画『真昼の暗黒』(今井正監督)公開*8
4 29 週刊朝日4月29日号の記事「ある風俗時評 ワイセツと文学の間 谷崎潤一郎氏の『鍵』をめぐって」をきっかけに、谷崎潤一郎『鍵』について、わいせつか芸術かという論争が起こる。*9
5 10 第24回国会衆議院法務委員会において、石原慎太郎太陽の季節』、谷崎潤一郎『鍵』のわいせつ性が議論される。
5 17 映画『太陽の季節』(古川卓巳監督、石原慎太郎原作)公開
5 24 売春防止法公布*10
6 27 朝日新聞大映に対して、映画『処刑の部屋』についての公開質問状を掲載。*11
6 28 映画『処刑の部屋』(市川崑監督、石原慎太郎原作、大映)公開。
6 29 地域婦人団体連合会(地婦連)が、日本興業組合連合会に対して、映画『処刑の部屋』の未成年者の入場制限の厳守を要望するとともに、映倫に対して、成人向指定の審査機関の改革を要望。
7 5 映画『女真珠王の復讐』(志村敏夫監督、新東宝)公開。邦画史上初の女優のオールヌードシーン(後ろ姿)が描かれた作品として話題となる。
7 12 映画『狂った果実』(中平康監督、石原慎太郎原作、日活)公開。
8 7 東京都、「喫茶店営業の深夜営業の取り締まりに関する条例」公布。18歳未満の深夜の喫茶店立ち入りが禁止される。
8 11 マスコミ倫理懇談会が映倫に対して”太陽族映画”に関する要望書を提出*12
8 14 映画『逆光線』(古川卓巳監督、岩橋邦枝原作、日活)公開*13
8 日活の堀久作社長が、「太陽族映画シリーズは止める。企画中の石原慎太郎原作『灰色の教室』も製作しない」と中止声明を発表
9 11 映倫の池田義信事務局長が、衆議院法務委員会に参考人として呼ばれる。青少年の犯罪問題に関連して発言を求められる。*14
10 25 厚生省推薦のドキュメンタリー映画『肉体と悪魔』が公開。警視庁がフィルムを没収*15
12 1 映画倫理管理委員会(新映倫)発足*16
12 10 チャタレー事件東京高裁判決。破棄自判。出版者有罪(罰金25万円)、翻訳者有罪(罰金10万円)
12 20 NHK、カラーテレビ東京実験局を開局

1957(昭和32年)

出来事 
1 22 映画『孤独の人』(西河克己監督)に皇太子の学友役で出演した三谷礼二が当時在学していた学習院大学を退学処分となった。同映画は学習院大学での皇太子を巡る学友の人間関係を描いたもので、学習院大学はロケ撮影を拒否するなど、軋轢を生じていた。*17
3 13 チャタレ-事件最高裁判決。上告棄却。有罪確定
3 29 日本書籍出版協会(書協)設立
4 1 売春防止法施行*18
5 4 神吉晴夫編『三光』(光文社カッパブックス)が販売中止に。*19
9 18 性科学書事件東京地裁判決。出版者、販売者共に有罪*20
9 30 行政管理業務の秘密扱い文書から『不正者の天国』を出版した行政管理局主査を免職処分
10 27 日本雑誌協会日本書籍出版協会が出版倫理綱領を制定
12 28 NHK日本テレビがカラーテレビの実験放送開始

1958(昭和33年)

出来事 
1 17 警視庁に売春取締対策本部発足
1 マスコミ倫理懇談会全国協議会設立
2 24 月光仮面』放送開始。国産テレビ映画第1号
2 26 映画『春泥尼』(阿部豊監督、今東光原作)公開。2人の尼僧の同性愛を描いた作品であったことから、仏教界が非難のかまえを示したが大事には至らず。
2 27 大阪府警がグリコキャラメルの景品「泰西名画カード」のうち裸婦画6点の製造をやめるようにと警告。
3 31 性科学書事件東京高裁判決。控訴棄却
5 28 日本雑誌広告協会が「雑誌広告倫理綱領」を制定
5 中央青少年問題協議会(中青協)が、「青少年犯罪はマスコミの影響によるもの」とマスコミに自粛を求める。
10 1 文部省、小学校学習指導要領全面改訂告示
10 18 フラフープが日本に上陸。フラフープブームが巻き起こる。
10 日本文芸家協会日本ペンクラブなどが、警察官職務執行法改正案に対して反対声明
12 10 東京都台東区の小学校で開かれた「東竜太郎と自由労務者の集い」にて、ストリップショーが演じられる。100名ほどの児童が見ていたため問題に。小学校側はイベントの具体的な内容を知らずに開催を許可していたとのこと*21

1959(昭和34年)

出来事 
1 10 NHK教育テレビ開局
2 1 日本教育テレビ(現在のテレビ朝日)開局
2 10 改正風営法公布。深夜における飲食店営業の規制などが盛り込まれる。
3 1 フジテレビ開局
3 5 性科学書事件最高裁判決。上告棄却
3 17 週刊少年マガジン』(講談社)、『週刊少年サンデー』(小学館)創刊
3 31 仏映画『恋人たち』(ルイ・マル監督)が東京税関で一部カットされたことについて、検閲にあたるのではないかと参議院大蔵委員会で議論される。
7 日本民間放送連盟、「放送音楽などの取扱い内規」を制定
7 21 NHK、国内番組基準制定
8 10 映倫、新倫理規定制定
12 27 第1回日本レコード大賞開催。第1回の大賞受賞は水原弘「黒い花びら」に。

1960(昭和35年

出来事 
1 三島由紀夫『宴のあと』を「中央公論」に連載開始
3 2 横浜公園体育館で開催された歌謡ショーで客が12人圧死。出演者は島倉千代子
3 18 警察庁次長通達「少年警察活動要綱の制定について」が出される。*22
4 7 サド『悪徳の栄え』(澁澤龍彦訳)を警視庁が猥褻文書にあたるとして押収。
6 25 謝国権『性生活の知恵』(池田書店)発売。著者の謝国権は日本赤十字社本部産院の医局長を務める医学博士で医学啓蒙書として本書を執筆。200万部を超えるベストセラーに。*23
6 26 NHKドラマ『月下の美剣士』打ち切り*24
7 4 NHKは『西部のパラディン』、『ハイウェイパトロール』などが放送中止。『月下の美剣士』同様、NHK会長による暴力シーン追放の意向によるものといわれる。
10 9 映画『日本の夜と霧』(大島渚監督、松竹)公開*25
10 12 浅沼稲次郎暗殺事件発生
10 12 松竹が映画『日本の夜と霧』(大島渚監督、松竹)の打ち切りを決定。大島に無断で打ち切られたため、大島は猛烈に抗議。翌年、大島は松竹を退社することになる。*26
11 10 深沢七郎『風流夢譚』発表(中央公論1960年12月号)。宮内庁大日本愛国党などから抗議が起こる。*27

1961(昭和36年

出来事 
2 1 嶋中事件発生。17歳の元大日本愛国党員が深沢七郎『風流夢譚』が皇室を冒涜しているとして、嶋中鵬二中央公論社長宅に侵入し、社長夫人に重傷を負わせ、お手伝いの女性を刺殺
3 15 有田八郎三島由紀夫に対して、損害賠償100万円と謝罪広告を求めて訴え提起(いわゆる『宴のあと』事件
12 21 雑誌『思想の科学』、天皇制特集号を「業務上の都合」を理由に発売中止*28

1962(昭和37年)

出来事 
8 1 総理府による「マスコミと青少年に関する懇談会」の設置
10 16 悪徳の栄え』事件東京地裁判決。出版者、翻訳者(澁澤龍彦)共に無罪

1963(昭和38年)

出来事 
11 21 悪徳の栄え』事件東京高裁判決。出版者、翻訳者共に有罪(出版者罰金10万円、翻訳者罰金7万円)

1964(昭和39年)

出来事 
8 1 東京都、青少年の健全な育成に関する条例公布
9 28 『宴のあと』事件東京地裁判決(損害賠償80万円の支払いを命じる)。

*1:鳩山一郎内閣は、有害図書規制などを行うための青少年保護育成法の成立を目指すが、検閲制度の復活であるとしてマスコミを始め、多くの反対に遭い、立法を断念。その後、条例レベルで有害図書規制などが行われていくようになる。

*2:カットしたことについて配給会社は「映倫が権力を動かして検閲を強行した」と記者会見で発表したが、フィルムをカットしたときには警察の立会いのもとで配給会社がカットを行った模様だが、その際に映倫の職員は立ち会っておらず、カットが映倫主導で行われたといえるかどうかについては疑義が残る。

*3:この年、洋画14本,邦画5本の計19本が「成人向」指定を受けた。

*4:不良出版物について焚書を行うといった過激な対応が行われることもあったという。

*5:同番組は、売春等処罰法案の提出者である神近市子衆議院議員、全国性病予防自治会事務局長、警視庁係官、吉原のホステス、大部屋女優らの話を内容としていたが、そこでの女優の発言が問題となった。発言の内容は次のようなものだった。「スターになるためには、いろいろなことをしなければならない。パトロンから援助を受けることもあるし、上役から誘われることもある。役をとることは、女優として一番大事なことで、名前はいえないが、それで大スターになっているひとがいる。私だって、かりに身を売ってスターになれるものならなってみたい」。NHKへ出演拒否の動きを収束させるために、NHK会長が日本映画俳優協会などに謝罪。

*6:その評価をめぐり、小田切秀雄中野重治が論争。

*7:1955年にニューヨーク近代美術館の開館25周年を記念して企画された展覧会。1956年に日本橋高島屋で巡回展が開かれ、これを昭和天皇がアメリカ大使と共に観覧した。

*8:冤罪事件として有名な八海事件をモデルとした作品。本映画公開時、実際の裁判は、一審、控訴審共に有罪判決が出た後で、被告人らは最高裁に上告中であった。映画の終わりに主人公が叫ぶ「「まだ最高裁があるんだ!」は1956年の流行語になる。実際に、1957年10月15日の最高裁での判断は、破棄差戻し。その後、高裁で無罪判決。しかしながら、次の最高裁で再び破棄差戻氏となり、高裁は再度有罪判決。もっとも、3度目の最高裁(1968年10月25日)で無罪判決(確定)。起訴から判決確定まで17年もの年月が流れた。

*9:谷崎潤一郎『鍵』は中央公論1956年1月号から連載開始。その後、休載を経て5月号から12月号まで掲載された(全9回)。

*10:この年から1958年にかけて「赤線映画」ブ-ムが起こる。

*11:映画『処刑の部屋』の中にある主人公が女子大生に睡眠薬を飲ませて犯すシーンが青少年に与える影響が大きいとしてカットを要求。

*12:マスコミ倫理懇談会は、日本新聞協会日本書籍出版協会日本民間放送連盟などで組織され、映倫も会員。『太陽の季節』、『処刑の部屋』、『狂った果実』などが”太陽族映画”と呼ばれた。

*13:太陽族映画のひとつ。北原三枝が、男性関係が奔放な女子大生を演じた。

*14:太陽族映画の問題に関連して、映倫が業界の自主規制としての機能を果たしているのかどうかについての質問が投げかけられた。

*15:梅毒の恐怖を扱ったドキュメンタリー映画だったが、女性の陰部のアップが映っているとして警視庁がフィルムを没収した。

*16:諮問機関である「青少年映画委員会」を「青少年映画審議会」に改称。それまで映倫の審査を受けていなかったアメリカ映画も審査対象にした。

*17:映画『孤独の人』は1957年1月15日公開。三谷礼二は、その後、日活に入社し俳優として活動した後、オペラ演出家となった。

*18:ただし、刑事処分に関しては1年間の猶予期間が設けられ、1958年(昭和33年)4月1日から適用するものとされた。

*19:『三光』は、第二次世界大戦後、中国の戦犯収容所に収容された日本人戦犯の手記を編集した作品。発売後、1ヶ月足らずで発行部数が5万部を超えたが、右翼からの絶版にしろとの圧力により、販売中止になったと云われている。

*20:1913年に結成された「相対会」という性研究グループが会員のみに頒布していた『相対会研究報告』が1918年に風俗壊乱に問われ起訴されたが東京地裁は無罪判決を出していた。戦後、その『相対会研究報告』を復刻出版したところ、刑法175条に抵触するとして摘発され起訴された。

*21:東竜太郎は、東京都知事日本オリンピック委員会委員長などを務めた人物で、同イベントでは自らの講演後にすぐ帰ったため、ストリップショーについては知らなかったと話していた。

*22:本要綱は、少年の非行の防止を図り、その健全な育成に資するとともに、少年の福祉を図るために、補導などについて定めるもの

*23:本書は、人形を使って様々な体位を写真で再現するというハウツー本。警察による摘発を警戒して初版は5000部だったが、特に警察の摘発などはなく、版をを重ねていった。続編が出たいr、大映により映画化されたりした。

*24:1960年4月10日に放送開始されたチャンバラ時代劇。当初は主人公が悪人をバンバン斬っていたが、途中から主人公は柔術の名人になり、剣を抜かなくなったという。打ち切りはNHK会長の意向によるものといわれる。

*25:日米安全保障条約に反対する安保闘争をテーマにした作品。

*26:打ち切りの理由は客の不入りであると松竹側は説明しているが、浅沼稲次郎暗殺事件の発生なども打ち切りの理由のひとつであるといわれている。

*27:同小説は、天皇一家の処刑場面を夢物語風に描いたもの。

*28:印刷・製本まで終わっていた同号を版元の中央公論社が断裁破棄。後に中央公論社が公安調査庁と右翼の人物の求めに応じて同号を閲覧させていた事実が発覚し問題に。